闇の家族の物語

「ふたりは太母」では、分身の三人が男の子である必要は無い。母親との親子関係だけに焦点があたるため、子供は単なる子供になる。だいたい、ジャアクキング様と対決したときには老人ベルゼイと青年ジュナと少女レギーネが合体してひとりの巨人となっていたのだった。
これはひとりの子供の中で、少女性(おっとりしたレギーネ)と少年性(攻撃的なジュナ)、および知恵(謀略の張本人ベルゼイ)がある程度成長したという段階を象徴していると考えられる。つまり、子供(巨人)は成長の臨界点を越えたのだ。子供の世界と大人の世界を隔てる境界線を渡ったということだ。
分身たちを彼らの誕生から追いかけてみると、三人の中でも主人公はジュナということになるだろう。登場からずっとジュナの心は親であるジャアクキング様の心と分離していなかった。ジャアクキング様を相対化しようとする知恵=ベルゼイを拒みつづけていた。ジュナがベルゼイを受け入れたとき、彼は境界線を越えたのだった。また、彼はオトコノコ的な属性を身に付けていた。力の信奉者だったし、理屈は考えないし、プリキュアたちに自分の理屈を押し付けようとした。ジュナのこころから抜け落ちていたオンナノコ的属性を背負ったのがレギーネだったし、ジュナに親から離れるように知恵をつけたのがベルゼイだった。
だから、ジュナ・レギーネベルゼイが融合してひとりの巨人になったというのは、ひとりの中で男の子と女の子が出会って子供として完璧な精神となり、さらにその完璧な子供が知恵を身に付けて大人になり始めたことを象徴している。巨人の誕生は、ポルンの覚醒と対応している。
融合して巨人になる直前、三人はプリキュアたちから『自由』という言葉を聞いた。そしてその言葉は、彼ら三人の心の中に染み渡った。だって、不倶戴天の敵であるプリキュアが発した言葉を「気に入った」と受け入れ、なおかつジャアクキング様に向かって「あなたを倒して我々は自由になる」と宣言した。彼らの戦いの理由を、彼らは不倶戴天の敵から引用している。これは強大な親の価値観に対抗するためだ。不倶戴天の敵の言葉を受け入れるというのは、ジャアクキング様を完璧に否定することだからである。分身たちが信奉する価値観を大転換させたことは、ポルンがはじめて守る側に立つという大転換をしたことと対応する。
さて話は彼らの覚醒にもどる。彼らは覚醒してひとつとなり巨人となった。すると闇の家族の家長であるTerrible Motherジャアクキング様が立ちはだかるのだった。母親としてのジャアクキング様は押さえつけ、命令し、口答えを許さず、絶対服従を求める抑圧者だ。いうことを聞く限りにおいて子供たちはこの母親に認められるが、いったん子供が親の手を離れようとすれば、母親は大人としての強大な力で容赦なく叩き潰しに来る。
そして子供である巨人は、母親から自立することができなかった。圧倒的な力で、覚醒した我が子巨人を胎内に飲み込んでしまった。あのシーンは母子カプセルの完成であった。ジャアクキング様は子育てに失敗したのだった。いや、育てるつもりなどさらさらないのだろうが、まあそういう親(といか失格親)の子育て物語なのだった。