3 戸惑うキリヤ

まずは段階1だ。キリヤは川辺にひとりで立ち、右手に張られたバンデージを見つめる。ひとりになると自分の心の扉を開いている。しかし他者に対すると彼は扉を固く閉ざす。それは世界に対して彼がいままで取りつづけていた態度だ。対決するもの同士という関わらざるをえない関係に放り込まれたことで関係をつないでしまったほのかには気を許す。しかし関係を強いられることがなければ、彼の心はいままで積み重ねてきた関係方式に安らぎを覚えるのだ。

キリヤ「とにかくボールを取りゃいいんだろ」そう言って部員の怪我を省みず自分がボールを取るためだけに反則のタックルを決め、そのままボールをゴールへと運んだキリヤは喜ぶ。他の部員が彼を責めても、キリヤにはなぜ自分が責められるのかが分からない。
藤P「危険なプレーは絶対にダメだ。いまのはお前が悪い。(中略)今度からは気を付けろよ。でもまあみんな同じクラブの仲間だ。そのうち仲良くなるよ」
練習を終え図書館へ向かうキリヤは先ほどの事件を回想する。キリヤの心の中で藤Pの声が聞こえる「みんな同じクラブの仲間だ。そのうち仲良くなるよ」…

自分がせっかくボールを取ったのに、誰も自分のことを誉めてくれない。それどころか自分のことなど誰も考えない。部員たちは「あっちの世界」の人間たちで団結して自分の非をせめるだけだ。自分をかばう藤Pも、自分が藤Pの言う「そのうち仲良くなれるよ」という言葉を信じていないことに気がつかない。
なぜ彼らはみな自分のことをわかってくれないのだろう。百歩譲って、なぜ彼らはみな自分の悩みを察しようともしないのだろう。自分が彼らに受け入れられるためには、自分がこれっぽっちも信じていない「仲間」のフリをしなければいけないのだろうか。彼らはフリをしていないのだろうか。彼らは本気で「仲間」などということを信じているのだろうか。なぜ信じることができるのだろうか…

聖子「キリヤ君のことだから手紙なんてもらいなれているかもしれないけれど…」
キリヤ「何のことか分からないんですけど」分からないんだ、キリヤ。そして聖子のもじもじが続くと
キリヤ「何だかかったるそうだから、勘弁して」キリヤは聖子の手紙を払いのけてその場を立ち去る。手紙は地面に落ちる。
キリヤ「一体なんなんだ…」

聖子の手紙が地に落ちる瞬間でさえ、キリヤの心の中にはほのかしかいないのだ。自分の心に存在しないものには一切の考慮を払わない。これは先取りになるのだけれど、キリヤがほのかに絶叫したシーンにつながる。キリヤは聖子のことを考えていないにもかかわらずほのかに自分のことを考えろと絶叫する。そしてほのかはキリヤのことを考えていないにもかかわらずキリヤに聖子のことを考えろと説教をした。お互いがそれぞれに間違っていることに気が付いていない。しかしふたりは互いに絶叫し、そのエネルギーをお互いが受け取ったからこそ自分が間違えていることに気が付く。そして受け取ったエネルギーを糧にして自分の間違いを処理する。ほのかは第8話の経験を経ているからキリヤ絶叫直後に気が付き、しかもすぐに謝ることができた。だがキリヤは自分を見つめたり心を開いて謝ることに慣れていないため、プリキュアのピンチまで決意を遅らせることになった。ああ、今回のキリヤとほのかのシーンは、第8話の変奏なんだ。
それで話を戻そう。