聞こえないけれど歌われている応援歌〜MH第32話(7)

まっったくプリキュアではないのだけれど、二年続いている……
クリスチーネ剛田の最高傑作は何?part2
文章中の大和屋を水戸屋に読み替えてください。間違えてます。

ほのかの立場

MH第32話のほとんどはhikaruminosekaiさんのタコカフェバー(九条ひかり&シャイニールミナスと運命を共にするブログ)2005-10-02などを読んでもらうと良いと思いますです*1。シリーズの流れから楽曲の使い方など細部に至るまで網羅されています。最近ほぼプリは虚脱していますので……
で、大和屋のおばさんが、自身の視点を大和屋世界の絶対者のそれからお客さんのそれへと転回したというのがid:dokoiko:20051013で指摘したことだった。ほのかが書いた記事を読むまで、大和屋のおばさんは自分こそが大和屋そのものであり、大和屋を訪れるお客さんたちに与えてきたのは自分なのだと思っていた。だんだんお客さんも減り、与えることに疲れたことから大和屋を閉めることを考え始めていたわけだ。
しかしほのかが書いた記事は、大和屋のおばさんに他者の立場から大和屋(および大和屋そのものだと思っていたおばさんその人)を見せる契機となった。
大和屋のおばさんがそうしたいちばんの理由は、大和屋さんに対してほのかが抱いていた気持ちの切実さだったのだろうと思う。ほのかが徹夜をして書いた文章には、大和屋さんが無くなることを知ったほのかの動揺や悲しみの鋭さがあふれていて、それを大和屋のおばさんは目の当たりにしたのだ。
ほのかは大和屋のお客のひとりである。時々やってきて、お団子を買って帰るだけのお客のひとりである。これまで大和屋を手伝ったりしたわけではない。大和屋はやっぱりおばさんがひとりで切り盛りしているわけだ。でも実は、大和屋という存在は建物とおばさんとお団子だけで成り立っているわけではない。お客さんもまた、お客さんという立場で大和屋を支えている。大和屋のおばさんを支えている。

*1:バルデスジャアクキング様の心だと私は予測しています>hikaruminosekaiさん