人類の分水嶺

ジャズが流れているバーで会話をしていて、セロリは味がきつくてあまり食べようとは思わないと私が言うと、彼女はセロリおいしいよというのだった。セロリがおいしいと聞いたのが二人目でどちらも女性なので味覚に男女差があるのかという話になった。ふたりともセロリをピンでむしゃむしゃ食べておいしいらしい。まあスーパーに堂々と並んでいるのだからセロリをおいしいと感じる人はたくさんいるのだろう。しかし料理番組であまりつけあわせにも出ないということはそれほど多数がおいしいと思っているわけでもないのだろう。セロリはそういうものであるというのは別に驚くべきことではなかった。セロリの次にカレーライスの話になり、私は唖然とするのだった。
彼女はカレーライスを食べる時、そのまますくって食べると言う。わけがわからない。カレーライスは混ぜるものだろ。いやお皿のカレーとライスを一度に全部混ぜるということではない。私は一度、すくうごとにいちいちカレーを混ぜるのが面倒くさくなったので一度に全部混ぜて食べたことがあった。まずかった。混ぜてから何分か経過したカレーとライスの混合物の状況が、ライスはカレーの水分を吸ってぶよぶよになり、カレーはライスに水分を吸われてごわごわになってしまった。
そういうことではない。食べる直前にスプーンですくう量だけカレーとライスを混ぜる。人類は皆カレーライスをそうやってちまちまと混ぜながら食べているものだと信じて疑わなかったのだ。いやいままで日本風のカレーライスを見たことすらない人類でさえ、あのカレーとライスがカレーライスとして出てきたら食べる前にはちまちまと混ぜるはずだ。食べる直前にはカレーとライスを混ぜずにはいられないはずだ。混ぜたいという欲望に支配されるはずだ。いわば人類の遺伝子に刷り込まれた生得的反射行動として、カレーとライスが隣り合っていれば混ぜてしまうはずだ。
それが現実だと思っていたのだが、反例が目の前にいたのだった。君はもしやシトだなと私が言うと、しかし彼女はヒトであると主張するばかりか、カレーライスは混ぜないものだ君こそシトなのではないかと主張するのだった。そしてわれわれは、どちらがヒトであるかを確かめるべく、カレーライスの食べ方について現存する人型生物たちを調べることとなったのだった。そして現在のところ、カレーライスを混ぜないという人型生物のほうが圧倒的に多いのである。
それでいろいろなものについて調べるうち、以下のような事実が判明したのだった。つまり、カレーライスは分類上、納豆かけご飯と同じ「混ぜない食べ物」であり、カレーライスを混ぜながら食べている人型生物がいればそれはシトであるということだ。


混ぜる度ほぼ100 分水嶺 混ぜる度ほぼ0
卵かけご飯 >>>>>>>>>カレーライス> 納豆かけご飯