1 九条ひかり

ふと思うに九条ひかりが存在の疑問をもってもよさそうだ。彼女は過去を持たぬ存在であり、存在とは時間による記憶の堆積に根ざすのだから。しかし九条ひかりは、自分の存在そのものに疑問を持っていないように見える。九条ひかりは一貫して「私は役に立つことができるか」という問題に魅入られている。これはおそらく、九条ひかりが小学校低学年ぐらいまでの人格を持っているからだと考えられる。彼女は突然九条ひかりという身体と精神を与えられ、何も知らない状態で虹の園に存在を始めている。九条ひかりは言葉を使うことができるのだが、言葉の意味を知らない。言葉の意味を知らないということは、世界を知らないということだ。ただし言葉を使うことができるため、急速に世界を自らの精神に写し取ることができる。
これは小学生になったころの少年少女が言葉による世界の分節を経て、ようやく他者の中における自身の位置をつかむことができる状況を象徴していると思われる。九条ひかりは登場時には5歳ぐらいの精神を持っており、最近ではだいたい状況にふさわしい(10〜12歳)ぐらいへと成長しているだろう。
おそらく小田島友華のように自分を内側から規定しようとする自身の視線と、自分を外側から規定しようとする他者の視線との乖離に悩むというのは、中学生から高校生あたりの年齢に特徴的な問題意識だと思う。九条ひかりのように「誰かの役に立てるか」というのはもうちょっと前であり、九条ひかりぐらいの年齢に与えられる問題であろう。