うどん9杯の後に(前編)

岡山に日は二度昇る

12時前に岡山メルパルクの一室にたどり着く。前日から浄土寺山(標高178.8m)を含め尾道の坂道と岡山の平地でだいたい30kmを歩いたので、もう寝る前に風呂に入る力も残っていない。気が付くと岡山の明るい日光が窓の外から差し込んでいる。ベッドにはめ込まれているアラーム用デジタル時計が5:20を表示していた。やや力を溜め始めている体は、起き上がろうとがんばるとぎしぎしと音を立ててようやく動く。熱めに絞ったシャワーをあび続けると、徐々に筋肉が緩んでくるのが分かる。ぎしぎしに脱脂されてぱりぱりのタオルに液体石鹸をぎゅうぎゅう搾り出し、皮膚がひりひりしないようにするすると体をなでる。バスタオルにも気をつけてぽんぽんとたたくように体の水滴を吸い取らせる。ニュースを眺めながらシャワーの熱が収まるのを待ち、7時をまわるころに朝食へ向かう。
東京のビジネスホテルに慣れていたので、朝食開始後にかかわらずテーブルには僕しかいないという状況にびっくりする。岡山では中央官庁まわりのビジネスマンや観光の中国人はほとんどいないのだろう。
非常にゆっくりとチェックアウトの準備をして、9時過ぎにメルパルクを出る。ネットで検索しておいたネットカフェまで1kmあまりを歩き、天満屋から延びるアーケードの中に巨大な黒い扉を見つけて入る。異様に暗いとしか思えない階段を上ると、黒尽くめの店員が黒尽くめのカウンターの中に立っていた。今後一度も使うことの無いであろう会員証を受け取って座席につく。SOTECのCRTデスクトップPCにログインする。そして高松のうどん店について検索をかける。しかし詳しく記述されているいわゆる人気店はたいがい郊外の店が多く、足の無い僕にとってはあまり役に立たないことがわかった。結局「高松中心街らしきエリアをぐるぐる歩いて店に入る」という、事前調査の意味が無いプランともいえないプランを立て、またテクテクと10分歩いて岡山駅へ戻る。

音を抜ける

岡山駅から列車が抜けてゆく。山陽本線とはずいぶんと雰囲気が異なっている。客車の雰囲気はどこかしんとしていて、まるでこの列車に乗る人々がこの世から別れを告げるべき人々であり、この列車がこの世ではないどこかへと向かうかのようだった。
もちろんそんなことはなくて、列車は山を遠くに背負うこの世の田園風景の中をこつこつと進んでゆく。停車のたびに音が消え、降りる人も乗る人も誰もいない。やがて列車はトンネルの中を進み、列車に乗るわれわれはだんだんと眠りに落ちてゆく。窓の外には柔らかな真昼の光が降り注いでいた。
そして列車はごうごうと大きな金属音を立て始め、海を越え始める。それは今までに聞いたことの無い大きな音だった。列車の車輪が鉄橋の線路を直接叩いて出てくる音が鳴り響く。しかし列車はそれ以外に、いやそれよりも大きな音に包まれていた。鉄橋を形作るひとつひとつの鉄柱がそれぞれに共鳴し、列車は音のトンネルを潜り抜けているように感じた。そうではないと分かっていても僕はやはり、この列車はこの世ではないどこかへと抜けようとしているように思えた。
やがて音のトンネルは徐々に薄れてゆき、鉄橋の向こうにとんがり帽子のような奇妙な形をした山ひとつと巨大な原油精製所が見えた。音のトンネルを抜けた列車は、本州を走っているときよりもさらにしんとしていた。やがて坂出を過ぎ高松にたどり着いた。そこがほんとうに高松かどうかは知らないが、車掌さんは高松と言っているし、駅の看板には高松と書いてある。
どうやらここが高松らしい。