dokoiko海を渡る

帰る

二次会は日の落ちる前にご帰還の湯川Mさんやすぴーさんを皮切りに、徐々に散会していった。僕は「夜行バス23時30分だから〜」と、さいごまで人々を見送り、22時40分ごろの電車に乗る優華麗さんを見送る。最後に残ったお迎え旦那様を待つえみさんとダイエー前のバス乗り場へ向かう。
えーっと、停留所はこの辺かな。これだこれだ。

名古屋−倉敷 22:10

「えーっと、23時30分のバスは…」目の前が暗くなる。というか23時20分だからもう十分目の前は暗い。
「あ…」えみさん言葉なし。
「あれ? だってだってだって、チケットには確かに書いてあったはず…」かばんの中を探りチケットを取り出す「22:10と」
「乗り遅れましたか」
「乗り遅れていますね」
「だめじゃないですか」
「だめですね」
ダメだ。ダメすぎる。ぶっちゃけありえない。
「はっはっは。上りは時間が早いんですね」
「きっと早朝のラッシュにつかまったりするからですね」
「なるほどー」
なるほどなるほどなるほどー。

さすらいの岡山

「いらっしゃいませ」
「すみません。予約をしていないのですが本日宿泊することはできますか」
「…少々お待ちください」執事ザケンナーのようにのっぽのカウンターのお兄さんが奥に消えてゆく。おそらく主任さんに裁可を仰いでいるのだろう。そして戻ってくる。
「ご宿泊は一泊でしょうかザケン…」と聞こえたような気がした。でもそんなことはいっていないはずで、それは僕が行きの夜行バスの中でずっとプリドラ2を聞いていたからだろう。

意図せざる岡山の夜

というわけで明日の仕事に間に合わなくなった僕は、えみさんとだんな様の親切を受けて近くのメルパルクに宿をとることができた。シャワーを浴びて落ち着く。いや落ち着かない。しかし出発してしまったバスはもう名古屋へ向けて高速道路を法廷速度で走り続けているのだ。
「ええと、バスを乗り過ごしてしまい、岡山にいます。明日の仕事は休みにさせてください」とボスにメールを出し、その他明日の仕事について関係者にコメントをだした。
どうせ休みにしてしまうのだから、急いで帰ったところで状況は変わらない。さて明日はどうするかなと考える。僕は過ぎたことはけっこう忘れて気分転換をしてしまうのだ。忘れてはいけないことも含めて。

カスミソウの彼女と

土曜日の夜にお酒を飲みながら話をした。夕暮れまで彼女には用事があったので、その間僕はひとりで尾道を端から端まで4往復して5つの店で食事をした。
「それでネットの評判を調べまくって選んだお店でいろいろ食べたのだけれど」
「ふむ」
「僕には食事のおいしさに順位をつける能力がないということに気がついた」
「なにそれ」
「塩辛くてダメとか、甘すぎるとか、味そのものの違いについてはわかるのだけれど、それなりの所に収まっていればもうあとすべて僕の中では『食べられる』というカテゴリに分類されてしまうんだとおもう。だからネット上で星4つとか3つとか書いてあったしきょうもラーメンや魚を食べ比べてみたのだけれど、星の数の違いがどこにあるのかがわからない」
「その日の気分できょうはこれが一番って自分で決めればいいんじゃないのかな」彼女はきっぱりと宣言した。
「ふむ」僕は彼女のそういう立場の明瞭さにいつも感心する。
「そういえば、瀬戸内の人たちは出汁の味がわからないようだわ」と彼女が言った。
「出汁」
「そう。瀬戸内のうどんつゆは、まったく出汁の味がうすっぺらいの。こっちの友達が京都にきたときにうどん屋へいったら『こんな味がないうどんは食べられない』っていうのよ」
「へえ」
「ちゃんとした出汁をとっているのよ。昆布とかつおの味がしっかりとした、よい出汁なの。でもこっちの人たちにとって、うどんのつゆはしょうゆの味がするかしないかという問題なのよ」
「でも、讃岐はうどんの名産だから違うんじゃないの」
「そうでもないのよ。海を渡ってうどんを食べに行ったことがあるけれど、讃岐うどんも私にとっては出汁には無頓着というほどだったわ」
「うどんの名産なのに」
「うどんのコシに気をとられすぎているのかもしれない」
「なるほど」

ほぼ高松の決意

そうだ、高松へ行こう。高松へ行って讃岐うどんの謎を確かめよう。僕はカスミソウの彼女との会話を思い出してそう決意した。せっかく岡山駅から高松へ路線が出ているのだ。『少年カフカ』をいまかばんの中に入れているのも、きっと僕が高松へ行くことを何かが求めているからなんだ。
逝ってくる。