夜露に死んで苦しむ

「あっ」魔が差した。
企業のハードウェアやソフトウェアは資産として減価償却が済むまで(いや、済んでも)使うので、バージョンアップ計画が持ち上がるときにはサポート期間が終了していたり、ベンダーが消えてしまっていたりする。サポート期間中にベンダーが5社変わっているソフトなんてのもある。
三週目深夜作業開始の作業はディスククォータソフトをバージョンアップすることだった。今回のディスククォータソフトもベンダーがサポート終了していて、ベンダーから送られてきたのは、今動いているバージョンのメジャーバージョンアップ版から現行バージョンへのバージョンアップ手順書だった。たとえて言うならば
稼動中4.1→(手順書はここから)バージョンアップ前5.0→現行5.2
のようなものだ。たとえてない。たとえて言うならば
4速AT車→(手順書はここから5速MT車)→6速MT車
に乗り継ぐようなもので、AT車からMT車に乗り換えるときの情報が欲しいのに5速MTから6速MTへ乗り換えるときの注意書きばかり書いてある手順書を渡されるようなものである。
週初めにテクニカル担当者と東京で打ち合わせしているとき
「不吉ですね」
「不吉ですね」
「まあでも、インストール手順なんて似たような画面でしょ」
「行っときますか」
「行くしかないですね」
という会話が交わされていたのだった。テクニカル担当者との会話がこれでいいのかという感じだ。何が不吉なのかよくわからないのだがどうしようもない。それで日は進み、作業開始時にメールで
夜露死苦
「不吉なこと書かないでくださいよ」
とやりとりして思い切り気合をいれてインストールメディアをドライブに突っ込むと、いきなり手順書とは全く違うオプションを選択する画面に突入した。作業開始3分の出来事であった。僕は迷うことなくテクニカル担当者@東京に電話をかけた。今週はなんだか関節が動かない。
「もしもし」
「どうかしましたか」
「オプションが並んでます」
「…」
ふたりともがマニュアルを参照してあれこれ推測するのだが、マニュアル自体が5.0のものだ。欲しい手順書はなくなっている。それはあってはいけないことなのだが、よくあることだ。結局
「行っときますか」
「行くしかないですね。まあ、Ghostイメージがありますし」
「そうですね」
「OK押しますよ」
「押してください」
「ポチっとな」
「えっ」
「いやあの、押した直後にそれはないでしょ」
「冗談ですよ」
「ああっ!」
「どうしました」
「手順書の9に飛びました」
「では10に進みましょうか」
「ポチっとな」
「えっ」
「ウソですまだ押してません。では押しますよ」
そんな感じで非常に神経をすり減らす展開が1時間ぐらい続き、結局バージョンアップを半分終わらせたところでこれ以上闇雲に突き進むと後に戻れないところまで手順書とはかけ離れてしまった。そこはほとんどロシアン・ルーレットであった。
「では続きは」
「…来週」
「来週…」
まあそれはそれでなんとか持ちこたえたのだった。で、簡単なWebサーバの作業をしていたところ、何か不吉な感じに捕われつづけていたのだった。それが何なのかはっきりしなかったのだが、ボタンをえいっと押して再起動をかけたその瞬間にその不吉な感じが何なのかがはっきりと分かったのだった。関節はますます重い。
「あっ」魔が差した。
しまった。ローカルコンピュータの管理権限を無くしてしまった… セキュリティに関わる作業はできなくなるし、元に戻す権限もない。しかもサーバ管理者にビルトイン管理者のパスワードを聞くために電話をすると「わからない」と答えが返ってきた。なぜ僕は管理者のはずなのにビルトイン管理者のパスワードを知らないかというとそのサーバはHW管理はしているものの、もともとは我々インフラ管理者が関知しないはずのサーバだった。そんなもの作業させるなよとも思うのだ。まあ仕方ない。そういうものなのだ。
Ghostイメージをもどせばとりあえず復旧できそうだし、サービスアカウントとしてAdministratorsに入っているドメインアカウントを初期化すればログインできることは分かっていた。しかし何しろOSより上位のレイヤは管理していないからサービスにどういう影響が出るのか分からない。
そんなわけで事後対策に走り帰ってきたのだった。帰ってきてほぼプリを書こうと思ったのだが、気が付いたら床にうつ伏せになっていた。とりあえず寒い。しかし関節の重さはなくなっていた。