6 慟哭

ポイズニー「大丈夫。わたしを信じて」
キリヤ「侮らないほうが、いいと思うよ」
ポイズニー「バカにしないで! 今度は本気でやるわ」
(第20話「どっちが本物?ふたりのほのか」の前半より、ポイズニー背水の決意をする場面より)

このときキリヤは今までのような嘲笑を含んだものの言い方をしていない。ずっと下を向いてあたかも自分に言い聞かせるように、一言一言をかみ締めながら話していた。キリヤにとって、ポイズニーが侮ってはいけない相手とは誰だったのか。ポイズニーは当然プリキュアのふたりのことだと考えていたようだが、もしかするとキリヤは侮ってはいけない相手に自分のことを含めていたのかもしれない。積極的にプリキュアを応援することはなかったかもしれないが、キリヤとポイズニーが協力してようやく追い詰めることができたプリキュアたち。それに加え、キリヤは魔人たちのなかで唯一知ってしまった。人間が力を合わせることで思いもよらぬ強さを手にすることを。そして力を合わせることで強くなれるのは、自分たち魔人にとっても同じだということもキリヤには分かっていただろう。
しかし彼はふたつの理由からポイズニーと力を合わせることができない。ひとつは今まで書いてきたように、キリヤは彼にとって光と闇がバランスしている現状を変えられない立場にあるということだ。そしてもうひとつは、キリヤがポイズニーに力を貸すことがポイズニーの力を信用しないことになるからだ。ポイズニーはこれまでの失敗を取り戻そうとしている。取り戻すためには何が何でも勝てばいいわけではない。いずみのさんが指摘したことをもういちど拝借すると、

ポイズニーもまた、「実力=優秀さ」という概念にしがみついており、独自の理論を語りながら「優秀でなさ」を否定する。
id:izumino:20040614, ピアノ・ファイア, Mon 2004.06/14)

というのがポイズニーだ。だからポイズニーは今回第20話において、どうしてもひとりでプリキュアを倒さなければならない。ひとりで倒さなければ、彼女の実力=優秀さは証明されないからだ。それは彼女を姉さんと呼ぶキリヤにも分かりすぎるほど分かっていただろう。彼もまた実力=優秀さのみを望んでいる魔人のひとりだったからだ。
彼はポイズニーに「侮らないほうが、いいと思うよ」とアドバイスした。ポイズニーには生き残ってほしい。だから彼女が反発することを承知でキリヤはポイズニーにアドバイスした。と同時に、ポイズニープリキュアたちを侮れば彼女が負けてしまうかもしれないと考えている。それまでの彼はピーサードとゲキドラーゴには嘲笑を浴びせていたが、ポイズニーには決して意見しなかった。ピーサードやゲキドラーゴへの評価とは異なり、キリヤは彼女の力を信じていたわけだ。もしくは信じたいと思っていた。そう思うだけでもキリヤが姉さんを別格として認めていたことを示している。
そのキリヤが、信じていた姉さんに僭越なアドバイスをしたのだ。この時点ですでに彼の心は、それまで一身同体だったポイズニーから距離をとっていた。ただひたすらジャアクキング様に従うポイズニーから距離をとったということは、彼がジャアクキング様=ドツクゾーンからも距離をとってしまっているということだ。
しかし今まで見てきたように、闇は彼を存在させている基盤である。彼は闇とともになければ存在できない。だから彼は動くことができなかったし、状況が動こうとすれば彼にできる範囲でその動きを封じるしかなかった。そして第18話で彼は実力を行使し、プリキュアたちを危機から救い出した。闇の存在であることを決意するわけでもなく、光へと歩みだす決意をするわけでもなく、ただ流れてゆく情況を押し留めるという消極的な気持ちだった。

キリヤ「はっ」
キリヤ「まさか… 姉さん!」
(略)
イルクーボ「敗れたものは、闇に消え去るのみ。それがドツクゾーンに生きるものの定め。生き残るためには勝つしかない。食い尽くすしかない。我々は、永遠の闇を得るためにここに存在しているのだ。闇に生きるか、光に死すか。どちらかしかない」
キリヤ「僕は… 生きる。生きるに… 決まってるじゃないか」
イルクーボ「キリヤ…」
(第20話「どっちが本物?ふたりのほのか」のラストより、ポイズニー消滅の後に)

彼はポイズニーを殺した自らのどっちつかずな態度を慟哭しても足りないほどに後悔しただろう。彼が光に、ほのかに心を開かなければポイズニーは死ななかったかもしれない。少なくとも彼女が死ぬときはキリヤも死ぬときだったはずだ。しかし彼は闇と光の境界線上から動けなかった。もちろん動こうと思えば動くことはできた。しかし彼は動かないことを選んだ。そして姉さんは闇に還った。姉さんと呼ぶ姉さんは闇に還った。
そして彼は決意した。僕は生きると。たとえこのままどっちつかずの態度を続けても、ドツクゾーンが負けてしまえば彼もまた闇に還らされてしまう。ポイズニーを失ったのはその態度のせいだ。そしてその態度を続ければ、イルクーボも、ジャアクキング様も、キリヤ自身も消滅する。これ以上後悔はしたくない。彼は決意した。もうこれ以上後悔はしたくない。
しかしその決意は、プリキュアと闘うことを意味する。自分の心を生んだほのかと闘うことを意味する。母なるほのかを手にかけることを意味する。後悔はしたくない。絶対に。しかし後悔をしないためには、ほのかを手にかけることになる。彼は自分の心を殺す決意をした。いま生まれたばかりの彼の心は彼自身の手で殺されようとしている。
その定めの重さに彼は慟哭するしかなかった。