5 すすむ心

そして次は高揚について。もちろんそれはほのかに触れたことで生まれたキリヤの人間的な心が感じていることだ。
いずみのさんは相変わらずのとんでもない分析力で以下のことを指摘している。最近一部でひとまかせが散見されますが、もう理論分析については全面的にいずみのさんに任せます。私はもともと第18話でキリヤとシンクロしていた上に、都合よくあまりにもおいしいこの時期に「さらば青春の光」のようにキリヤとリアルにシンクロすることになったので、物語と人物を掘り下げる方向へ進もうと思います。

今話のラスト間際にキリヤは慟哭するのだが、それは姉を失った悲しみであり、ほのかと対立することへの嘆きでもあるだろう。そして、ドツクゾーンの宿命である「優秀さ」に従うか、ほのかの主張する「優秀でなさ」に連帯するかを選ばねばならないというジレンマでもある。
そして彼は「優秀さ」を選んで生きることしか許されていない。
id:izumino:20040614, ピアノ・ファイア, Mon 2004.06/14)

いずみのさんは優秀さという軸が見えている。たぶん人はそれぞれの視角に偏りを持っていて、それは別に優劣の問題ではない。優劣があるとすれば、それぞれに与えられた視角の先をどこまで見ることができるかということがそれにあたるだろう。僕にはいずみのさんに見えている軸が全く見えなかった。僕に見えるものは、キリヤがたどり着けぬ理想にたどり着きたいと願う抑えられぬ渇望である。そしてそれは文字通りたどり着けない。同時に僕に見えるのは、キリヤがその心の核をつないでいる懐かしき闇の世界である。そしてキリヤがほのかへと旅立とうとすれば置いていかなければならない「姉さん」こと闇の宿命を決意していたポイズニーの叫びである。しかしキリヤは彼の心の核から闇の世界を切り離すことはできないだろう。
前章ではキリヤを引き止める懐かしき闇について書いた(つもりだ)。この章ではキリヤを引き寄せる新たな光について書こう。
キリヤにとって、心を持つということははじめての体験だった。いや、体験という体験をすることができるのは彼に心が生まれたからだ。ほのかに触れるまで彼は感情のない機械に過ぎなかった。キリヤは常に情況だけを見て他者を批判していた。それはポイズニーも同じだった。自身の中には振り返るべきものが存在しなかったからだ。
しかし第17話で農作業を共にしたほのかの心に導かれるように、彼は人間の強さを知った。人間は不完全で、一人一人は弱い。しかし人間は力を合わせることで、個々の不完全さと弱さを補うことができる。人間ひとりでは呆然とするしかない一面の野菜畑の収穫も、力を合わせることで成し遂げることができる。

キリヤ「全部… 終わった…」彼は収穫すべき野菜の収穫が済んだ一面の畑を眺めて、改めて人間の力を思った。そしてほのかが彼の指に巻いたばんそうこうを眺めながら、ほのかの笑顔を思い出した。雪城はこう言った。
(ええ、そうよ。力を合わせるから、人間は強いんじゃないかしら)
ポイズニー「キリヤらしくないわね」
キリヤ「あっ」
ポイズニー「隙だらけよ。あたしがその気だったら、あなた命はないわよ」
キリヤ「姉さん」
ポイズニー「まさかと思うけど、人間に取り入るつもりが逆に取り入られるなんてことはないわよね」
キリヤ「そんなこと、あるわきゃないだろ」
ポイズニー「マジ? その割にはムキになるわね」
キリヤ「奴らをやるんだろ。手伝うよ」
(第17話「ハートをゲット!トキメキ農作業」より)

彼はこのとき隙を見せた。隙を見せたという事実は、彼が自身の内面に入り込んでいたことを示す。このときキリヤには、入り込むことのできる内面が生まれていたのだ。このとき彼の心は生まれた。ばんそうこうばんそうこうを巻いたほのか。キリヤと彼女と友人たちが成し遂げた収穫。それらが彼に心を生んだ。
そして生まれた彼の心は、自身を生んでくれたほのかを目指す。彼の心が生まれたキリヤという存在は、彼の心以外は全て闇とつながっている。彼の心は相容れることのできない者たちに取り囲まれている。だから彼の心は彼自身を捨ててほのかを目指そうとする。しかし彼の心は彼の体と共にある。彼の闇と共にある。彼の中に生まれた光を生かしているのは、最初に彼を生み彼を生かしてきた闇なのだ。
彼の心は相容れることのできない物によって存在している。彼の心は生まれたてしまった。彼の目は光を見てしまった。しかし光を目指して歩き出すことはできない。歩き出すことはおそらく、彼の心、彼の体、彼の核、彼の闇を全てまとめて自ら殺してしまうことになるからだ。
今までの彼は、ただジャアクキング様の意志をなぞっているだけだった。ジャアクキング様こそが彼だった。だから彼の存在理由は明確だった。ジャアクキング様がいるから彼がいる。彼は自身の存在理由を悩む必要がない。ジャアクキング様は確かに存在しているからだ。
しかし彼の心は生まれてしまった。生まれてしまった彼の心は、自分が何者であるかを自問し始めた。なぜなら生まれてしまった彼の心は、何者にも根ざすことなく相容れない闇に取り囲まれていきなり存在を始めてしまったからだ。彼自身の中には、彼の心が根をおろすべき場所がない。彼を作り上げている全ては闇だからだ。彼の心は自分以外の存在に根をおろす以外にない。具体的には、彼の心を生み彼が唯一慕っているほのかしかいない。
しかし彼の心がほのかとつながるということは、何度でも書くけれど彼自身でありしかし光とは相容れない闇を捨てなければならない。しかし彼の身体は闇から生まれ、闇でできている。闇を捨てれば、彼は死ぬ。だから彼は動くことができなかった。彼が運命に引きずられてたどり着いた、光と闇との境界線にとどまるしかなかった。だから第18話で彼は光と闇のバランスを崩さないために、絶体絶命のプリキュアたちを救わなければならなかった。それもポイズニーに気づかれないように。結果的にそれはポイズニーを裏切ることだった。しかしキリヤはポイズニーを裏切ってまでも、光と闇のバランスを保たなければならないと思った。それは決意ではなく、止むに止まれぬ必要だった。光と闇のバランスを崩さぬよう、彼は彼ができることをした。しかし情況は彼の力を越えて動いてしまった。