無用之用コスプレデビュー

in the costume 01

ということで、僕はパリっとしたスーツをまとい、コスチューム一式と等身大ポルンと金色のヘアカラースプレーをかばんに詰めて花見娘の結婚披露パーティに出かけたのだった。そういうことをする決意は花見娘には全く伝えていない(というか連絡も取っていないのだが)ので、僕の友人でもある司会夫婦に頼み込んで勝手に出番を作ってもらった。
花見娘の結婚披露パーティは招待者が全部で80人ぐらいで、僕が話のネタに困らない知り合いは大学ゼミの後輩たち7人だけだった。話のネタに困るような遠い知り合いは10人ぐらいいて、その他60人ぐらいは全く知らない人々だった。
宴会芸をするときにはいつも(まあ学生時代は「いつも」だったのだ。いろんな宴会の幹事たちがいきなり僕の部屋を訪れて「dokoikoさん、出番は22時ですから」と言い、僕が「そんなの聞いてないよ。わかりました」と答えるのが普通のパターンだった)芸が終わるまでは酒を飲まないことにしているので、オレンジジュースを飲みながら50分後の出番を待った。ウエストを絞る最後の仕上げに下剤を使用してきたので調子は悪い。それから45分後、僕は控え室に入り、パリっとしたスーツを脱いでキュアブラックになった。
「それではここで、新婦ご友人のキュアブラックさんから祝辞があります。どうぞ」と司会の夫婦が扉の向こうでアナウンスをした声を聞いて、僕は控え室の扉を開けた。
in the costume 02
キュアブラックです。布を買い、ミシンを買い、あれやこれやで2万円かけ、型紙を切り抜き、10日間ミシンを踏みつづけ、体重を59キロに落としウエストを68センチに絞り、2ヶ月のトレーニングで腹筋を割り、痛みをこらえてつるつるに脱毛し、こうしてキュアブラックになったわけです。ここまでやったからには、おふたりには幸せになってもらわないと割が合いません。ということで明日8時30分から「ふたりはプリキュア」見てください。じゃ!
僕は両手を振ってつるつるの脇を見せながら控え室の扉をくぐり、またひとりでぱりっとしたスーツに着替えた。よく分からないため息が僕の中から出てきた。2分間の簡単な出番だったのだが動きたくないぐらい疲れていた。僕はもう一度ため息をついた。少し動く力が湧いたような気がした。もう一度控え室の扉をくぐり、僕はワインを飲んでいつもの生活に戻った。ゼミの後輩たちと楽しげな話をし、残りの時間が過ぎると外へ出て後輩たちと居酒屋で懐かしげな話をし、電車の時間が過ぎる前に散会し電車に乗った。
家の扉を空け、12歩進んで書類棚をあけた。ずっと放り込んであるひとつかみの手紙の束を取り出し、扉を出て川の土手まで歩いた。土手は闇に包まれていて、川は音ひとつ立てず静まり返っていた。どこからが川なのか見分けがつかなかった。僕は闇の中を川に向かって歩いた。歩いたはずだったけれど、不安になるまで歩いても川はいつも本の少し先から近づかないような気がした。僕は川にたどり着くことを諦め、足を止めて周りを見渡した。土手の向こう側では電気の光が夜空を薄明るく照らしていた。僕は手紙の束を川原に置き、手紙のひとつを手にとってライターに火をつけた。ライターが発する光は周囲の闇に負けて光を吸い取られているように弱々しかった。僕は苦労して手紙に火をつけ、十分に火がまわった手紙を束の上に置いた。弱々しく燃える手紙の火はやがて手紙の束にまわり、闇は光を吸い取りきれなくなった。光は川原の闇を照らし、川面を照らした。川はすぐ目の前に開けていた。僕は燃える手紙の束を眺めた。それがきちんと燃え尽きるまでじっと待った。花見娘からの手紙が10年前の最初の手紙から今年の年賀状までがすべていま燃えつつある。炎は10年の時間をさかのぼりつつ燃えている。燃える光は時間を含んで色あせているように見える。僕は泣いた。そして炎が小さくなり、川原はまた完全な闇に戻った。僕は足で小さくなった炎を踏んだ。そして両手で手紙のあった地面を掬った。手のひらには温かく柔らかな灰だけがあった。
僕は立ち上がり、町の光が立ちのぼるほうへ歩いた。闇を抜けるには長い時間がかかった。