その後

id:dokoiko:20040624からの続き)どうするのかはよく分からないけれど、プリキュアたちはジャアクキングを闇に還した。ドツクゾーンそのものであるジャアクキングがどこに帰るのかも分からない。闇の世界であるドツクゾーンよりもさらに深いどこかがあるのかもしれない。辺土なのかもしれない。心の闇の奥底にはほんとうの闇がある。闇の心さえ生きることのできない、ほんとうの闇が。

彼女は感じる。体中に何かを感じる。しかしそれが何かわからない。そして彼女は気がつく。彼女はどこかにいるのだ。しかしそこがどこかわからない。
「ここは… いったい…」彼女は横たわっている自分の体を感じる。今まで経験したことのない身体からのフィードバックが、彼女に体を動かすことを拒否させる。ああ、あたしはまだ目を開けていなかったのだと彼女は気が付く。そして彼女は目を開ける。
「何もない?」彼女は確かに目を開いたはずだった。しかしそこには何も映らなかった。彼女は横たわったまま周囲を見渡そうとした。しかし彼女の体は激しく何かを彼女の意識に返して動くことを拒否した。もしかしたら目も開くことを拒否したのかもしれないと彼女は思った。彼女はもう一度目を開こうと思った。今度はまぶたに抵抗を感じ、彼女は目を開けた。しかしそこには相変わらず何も映らなかった。彼女は今なら体を動かすことができるのではないかと考えた。体が軋むような感じがしたがまだ動くことはできなかった。彼女は体を動かすことをあきらめ、じっと目の前を見つづけた。やがて天空をじっと捉える彼女の瞳は無数のかすかな光を感じた。
「光…」彼女はしばらく考える。彼女の耳には何も聞こえない事に彼女は気づく。虹の園の夜の闇でキリヤのそばに浮かんだとき、同じような無数の光が空に浮かんでいたように思うのだ。彼女はここは虹の園ではないかと思った。
「ここは虹の園ではないのか?」そして彼女はおぼろげに思い出す。戦い敗れた小娘たちの姿を。経験ではなく根性と絆の力で自分に立ち向かった小娘たちのことを。彼女は更に思い出す。あの時彼女は小娘たちを追い詰めた。そして小娘たちは光を放ち、その光を彼女は受けた。
「ああ、あたしはあの小娘たちに負けたのだったわ」あたしはあの小娘たちに負けた。あたしは勝たなければならなかった。あたしは闇の世界に生きる魔人だ。闇の世界にはジャアクキング様がいる。あたしは勝たなければならなかった。勝ちつづけなければならなかった。勝ちつづけなければ、あたしは闇に戻らなければならないのだ。
「あたしは勝ちつづけなければならなかった。勝ちつづけなければ闇に戻らねばならないから… あたしは闇に戻ったのではないのか」闇には何もないはずだった。彼女やジャアクキングも何もないただの闇でしかないはずだった。
「しかしあたしはどこかにいる。何がどうなっているのかはわからないけれど、あたしは確かにここにいる」それから彼女はただ呼吸を続ける。自分が存在している事実を受け入れるには分からないことが多すぎると彼女は思う。そして彼女は自分の名前を思い出す。そう、あたしの名前はポイズニー
ポイズニー」と口に出してみる。彼女の胸にはかすかだがそれに合わせて振動を感じた。その振動は空気を通して彼女の耳にも伝わる。そして彼女の身体には沸騰を始めようとする熱湯のようにふつふつと何かが沸き起こる。それは鏡のように静かな湖の水面にひとつの小石が放たれたほどの小さな軋みに始まり、やがて大地を飲み込む巨大な津波のように彼女の思念に襲い掛かり始めた。
「うっ… うぐおああああ…」彼女は彼女が知る限り始めての圧倒的な存在感を自分の身体から受け取った。彼女は耐えようとした。しかしその存在感は耐えるほどに強く激しく彼女の思念にまとわりついた。果てしなく圧力を増す存在感に彼女の思念はのた打ち回った。彼女の思念には白い光がはじけ始めた。徐々に彼女の思念は白い光に包まれてゆく。その感覚には何か懐かしいものを感じる。思念を覆う白い光は彼女の身体に溶けてゆく。彼女の身体が白い光に溶けてゆくのかもしれなかった。自分はもう耐えられないと彼女は感じた。そう、これはあたしがあの小娘たちに打ち込まれた光と同じなのだ。あたしはもう一度闇に還るのかもしれないと彼女は思った。そして彼女の最後の思念はひとつの言葉へと収斂する。彼女は最後の力を振り絞ってその言葉を吐き出そうとした。彼女がまた闇に還るのだとしたら、彼女がまた何もかもを失ってしまうのだとしたら、何もかもを失う前に言わなければならない言葉なのだと彼女は感じた。そして彼女は叫んだ。
「キリヤ! 私の弟よ! キリヤ!」