美墨なぎさ|普通の女の子に戻りたい?

ごく普通の両親から生まれ、ごく普通の家庭に育ち、ごく普通の中学生になり、ごく普通の友だちを見つけ、かなり運動が得意で、かなり勉強が苦手で、かなり同性に好かれ、かなり底なし大食いの女の子。それが美墨なぎさ(13)である。なぎさは雪城ほのか(14)ほどの才能には恵まれていないものの、なぎさなりに普通の女の子としてこれからも楽しい人生を送るはずだった。
ごく普通の女の子美墨なぎさにとって、これまで唯一の憂慮すべき問題点があったとすれば、それはごく普通の家庭に育ったにもかかわらずベローネ学園という由緒ある私立学校に通っているということだけだった。


発光するなぎさ
おぼろげにしか覚えていないのであるが、「由緒ある私立学校」に通うこととなったごく普通の女の子が大きなプレッシャーを感じるということを書いていたのは村上春樹だったような気がする。村上龍だったか。それは由緒ある私立学校に通っている上流階級の同級生たちが「私お金ないから」という言葉を使うときに感じるのだという。上流階級の同級生たちが言う「お金が無い」とは自分が欲しいものを買うだけの金銭的余裕が無いという意味であって、ごく普通の女の子にとってはそれは「お金が無い」という範疇にかすりもしないということらしい。ごく普通の女の子にとって「お金が無い」と言えば物理的客観的にまったく現金というものが財布に入っていないという端的な事実を表すだけなのだ。
だからごく普通の彼女以外の同級生が「お金がない」と言うとき、それは上流階級同士が自分たちが住む世界を再確認する合言葉でしかないのだ。それはごく普通の世界とは何のつながりも無い記号であって、そこで彼女は絶対的な断絶を思い知らされ体が硬直してしまうのだった。そして彼女にとって、お金が無いと自分が言うことは周囲の同級生たちとの絶縁を宣言するという儀式に近いことだというのだ。

しかしとここで再び美墨なぎさの物語へと戻るのだが、なぎさのそんなごく普通の日常を謳歌していたなぎさ。しかしその日常は選ばれし勇者メップルに選ばれてしまったことで大きく揺れ動くこととなってしまった。なぎさがプリキュアへの運命を快く受け入れるには至らないことについては、この文章を読んでいる諸氏には十分了解済みのことだろう。自分の日常に関係ないのであれば、世界がどうなろうともそれはやはり自分には関係のない出来事に過ぎない。なぎさはそう感じている。それは雪城ほのかが今までの自分が崩れるままプリキュアへの運命を受け入れていることとは対照的だ。

そんななぎさも第11話で弟亮太をゲキドラーゴの魔手に掛けられて以降、徐々にプリキュアへの運命を自らの運命として受け入れつつあるように見える。第13話アバンタイトルでは
ドツクゾーンの奴らは、休むまもなく襲ってくる。凄く手ごわくなった上に、プリズムストーンを奪うために、なんと人間の姿になって近づいてきたのだ。どこから狙ってるかわからないわ… 気を引き締めなきゃ」
と、今までには無い決意を含んだ口調で気を引き締めている。まあしかしそれでもほのかとユリコのお弁当を平らげて幸せに浸ったり、藤Pのひじが当たればとんでもなく緊張してわけがわからなくなったりと彼女の日常を楽しく過ごしつづけている。われわれプリキュアファンとしては、そのように楽しげななぎさを見てごろごろと身もだえしながら床の上を転がりまわるわけだし、大切な人たちを守るため涙を流しながら怒りを炸裂させるなぎさを見て満月の浜辺で産卵する海亀のようにしょっぱい涙を流すのである。

コメントなんて取れません。なぎさがひとつひとつやさしい心のまま成長してゆく姿を見守ろう。