3 第31話

そして今回第31話でのあかねさん代車シーンである。あかねさんの車に乗りポルンを追いかけはじめたなぎさは、それまでメポミポやポルンを人々から隠してきたこと、その場にあかねさんがいることをまったく忘れている。ほのかはポルンの発声にあわせて口を動かしたりして、あかねさんがポルンに気が付かないために気を遣っている。
しかしなぎさは全く忘れている。なぎさにとっては危機に陥ったポルンを安全にすることだけが問題であり、その後ポルンが無事自分の手に戻ってきたことを喜ぶこと以外には何も考えることができていない。いままでメポミポやポルンを人の目に晒さないよう努力してきており、そのポリシーを今回から変更したわけではない。だからなぎさは過去のいきさつをすべて無視してしまっている。なぎさにはポルンの無事しか考えることが出来ていない。後先のことなど考えもしない。
ここではなぎさがポルンを我が子として、かなり危険な深さのコミットメントを行っている。ポルン以外何もかもが見えなくなってしまうという仕方が種類として危険なコミットメントであると同時に、そこに至るまであまりに時間が少ないという過程としても危険なコミットメントである。ポルンが何者であるかを知らないままに、自らの一方的な保護者意識だけをよりどころにしてコミットメントが行われている。いくらポルンが子供とはいえ、ポルンもやはりポルンという人格を持ったひとつの存在である。なぎさが自らの心に描いているなぎさにとってのポルン像と同値ではない。
なぎさの目に映るポルン像と現実のポルンとの距離は、なぎさとポルンが時間と経験をすごしてゆくことで徐々に近づいていくものである。その修正を経て、ようやくお互いはお互いへコミットメントするべきかどうか、コミットメントできるかどうか、コミットメントしたいと思えるかどうかをある程度正しく判断できるわけだ。
現在のなぎさとポルンはそのような像の修正を行っておらず、現実の人格と像とのズレがどの程度なのかという見積もりすらできない段階である。そのズレの大きさや深さに応じて、人はその他人に対して怒りを感じたり、絶望を感じたりする。現在のなぎさは過去のいきさつやその場の状況がまったく見えなくなってしまうほどポルンに、というよりも彼女の心に作り上げたポルン像に自らの心を結び付けてしまっている。この結びつきは強力だが、時間に練られておらず脆い。そのポルン像が現実のポルンと偶然重なっている限りにおいて問題は起こらない。しかし両者がひどく違うということが明らかになる時があるとすれば、なぎさの中のポルン像は音を立てて砕けることになる。
その時、それまではポルンを痛めつける敵に対して向けられていたなぎさの怒りのエネルギーが方向を見失い、ポルンや彼女の仲間たちに向かうこともありうる。「愛したいけれど愛せない」というダブルバインデッドな葛藤状況に陥るわけで、人間一般的にそのような葛藤こそがもっとも残酷な行動を人間に行わせるものだ。
現在のなぎさとポルンの関係は、原理的な不安定を基礎とする偶然の安定状況にある。この偶然の不安定を崩す場合、なぎさとポルンを再び結び付けるにはどちらかが成長する必要がある。描写として簡単なのはポルンを突然成長させることである。ポルンは現在封印された光のエネルギーを与えられており、そのエネルギーを開放するようなエピソードを描けばおそらく簡単になぎさとの和解を描くことができる。しかしそれではあまりにご都合主義の物語になってしまう。まずなぎさについて、彼女の心の中に作り出した一方的なポルン像を修正させ、その後ポルンを成長させるという順番で物語が進めば腑に落ちる描写になるだろう。